高齢出産と禁煙、そして断酒の辛さ(私の場合)

高齢ママの現実

人生の中心は仕事。息抜きにお酒そして、気持ちの切り替えに少しタバコが必要だった私。今ほど禁煙ブームではありませんでしたし、アムラーが流行った2000年ごろに、成人し大学生をしていた私には、クラブなどで女子が細いタバコを吸うのがもてはやされた時代でした。そんな小室ファミリー時代と共に、タバコを少し覚えた私は、酔った時にタバコを吸うなどの不摂生な生活を送っていました。

仕事柄、男性の中で負けじと過ごすことも多かったので、今思えば少しでも共通の感覚を持って、というのもあってタバコを吸っていたかもしれません。そのまま39歳までそんな生活を続けたものだから、タバコも中々やめることができませんでした。

しかし、子供を産む2年前にタバコを辞めれば、影響はないらしいという、言わば都市伝説のようなものを信じていたせいもあって、タバコは子供が欲しいと思うようになってから、自然と減らしていくことができました。

しかし、元来お酒も強く、とにかく飲むことが好きだった私はお酒だけはどうしてもやめることができませんでした。家に帰った時にビールが冷蔵庫に入っていないと本当に自分のことを「バカ!バカ!」と叱り、走ってコンビニに買いにいくような生活をしていました。ビールのあの一口のために、毎日生きていると言っても過言ではなかった。

主人との共通の趣味も、一緒に美術館に回ったり、映画を見たりというのもあるけれど、一番の共通の趣味は、美味しいものを食べ、それに合う美味しいお酒を選び、飲む、それにつきます。

あんなに子供が欲しいと望んだのだけれど、お酒だけはやめることができませんでした。ビールの次は、ワイン。そしてある程度酔ったらば、芋焼酎のロック、もしくは泡盛を飲む毎日。次の日に持ち越したくないときは、芋焼酎のお湯割。妊活中にはタバコはとっくにやめれてました。でもお酒は無理でどうしても飲んでしまっていました。

しかし、ある日仲良しの夫婦共通の友達たちと、お酒を飲みに言った時に、初めて味わう感覚がありました。「あれ?もう飲みたくない。むしろ少し気持ち悪い。」なんでだろう?もしかして体調が悪いかな?と思い、その日は水を飲み、もうお酒を飲むのをやめました。それからというもの、お酒を体が受け付けないような感覚に陥り、初めての感覚だったので、それからお酒は少し控えました。

それから数日して妊娠していることがわかりました。

それからはお酒を控えることになりました。ここで不思議なのは、体も受け付けないし、飲んでも美味しいとは思わないのだけれど、頭ではお酒を飲みたいと思ってしまうということでした。人が飲んでいるのを美味しそうと思ってしまう。これって軽い禁断症状というのか中毒というのかわからないけれど、20年続いた脳の快楽はなかなか取れないのだな。これって依存していたのだなと思うようになりました。

私の長年の友達は、酒付きの私を理解しており、お土産も酒の肴みたいなものをいつも持ってきてくれるのですが、妊娠してからは、これが意外に少し辛かったです。飲めない悲しさと戦うのが地味に辛かった。もちろん妊娠したことは嬉しかったし、子供が生まれたことも、とても嬉しかった。でもお酒が飲めないのは、いつも辛かった。飲めないし、飲んではいけないのは、理解していた。そして、実際に飲まなかった。でも、いつも頭の隅に飲めない恨めしさ的なものは、少しあったかも。人間とは欲張りなものです。そして煩悩にどこか支配されているものです。

授乳中もタバコは一回も吸いたいと思うことはなかったけれど、お酒はやっぱり飲みたいと思っていました。子供が卒乳してから、待望のお酒を飲みました。妊娠前までは、芋焼酎のロックをこよなく愛し、若い時は朝まで飲むこともあった私でしたが、数年の間にびっくりするぐらいお酒が飲めなくなっていました。ビールを一口飲んで、酔っ払う感覚がわかりました。苦くて飲めなかった。グラス1杯飲むのは無理でした。思い切り酔ってしまいました。

妊娠前は、3%ほどの甘〜い「ほろ酔い」なんて誰が飲むんだ。こんなものジュースじゃないかと思っていましたが、この時初めて、「ほろ酔い」って良いお酒だなあと実感したのでした。しばらく半年ぐらいは、そんな低アルコールのもので満足していましたが、ワインを飲みようになってから少しずつ、またアルコール度数の高いものが飲めるようになっていきました。

1年ほど経ってしまえば、ビールのあの一口目を今も欲しています。でも今は昔ほど深酒はしません。あまりに酔った状態では子供の面倒も見れないし、家事や仕事もできなくなるし、とにかく今は無理がきかないので、全てのことが滞るのが怖い。とにかく母は、育児も家事も仕事もで大忙しなので、深酒する暇もなければ時間もない。そして体力も無い。そして子供のお世話が常につきまとう。現実から目を背けることはできないのです。これが現実です。

本当にたまーに実家の母親に子供を見てもらい、仕事関係の飲み会に参加することはあります。でもやはり子供のことが心配で、夜の10時には急いで帰ります。昔の自分には考えられないことですが、これって完全に脳みそが変わっちゃったんだなと思います。

Mariko

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アメリカの大学を中退し、22歳でコミュニティーカレッジを卒業。23 歳から総合広告代理店で11年勤務。デザイナーから営業に転身して、プロデューサー兼アートデ...

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