3歳前に母乳卒業。乳腺炎ドロドロ卒乳。

高齢ママの現実

母乳で一番悩んだのは初めと終わり

昼はミルク 夜は母乳生活

育児の中で、とても悩んだのは母乳といっても過言ではありません。産まれたばかりの頃は、上手に飲ませられなくて悩みました。しばらく経ってからは、母乳をどれぐらい飲めているのか悩見ました。そして母乳育児が安定してからは、今度は卒乳のタイミングに非常に悩みました。母乳で育てたい方が通るであろう悩みは、尽きないですね。ここでは、あくまで母乳で育てたい方に参考となればと思い書いてますので、そうじゃない方には、「ハッ?何いってんの?となると思いますので、その辺はご了承ください。

一番は何が悩みだっただろうかと考えた時に、やっぱり初めの産まれたばかりの頃と終わりの卒乳でしょうか?悩んでいた期間が長かったといえば、卒乳のタイミングとどうやったらやめらせられるのか、やっぱり終わりが一番大変だったかもしれませんでした。ちなみに子供が産まれたばかりに、泣くほど悩んだ母乳は下記に書いておりますので、そちらをご覧ください。

フリーランスで仕事をしている私は、出産の入院前日まで、仕事をしており、退院後も、メールのチェックなどしておりました。本格的に仕事を復帰したのは、3ヶ月後のとある企業のスチール撮影からでした。仕事中は、私の母に預けて、仕事をしました。母乳オンリーでそれまで育てていたので、おっぱいが平行四辺形になるまで腫れ上がり、驚いたのを覚えています。仕事で預けなければいけなくなることもそれからは多々あり、昼間は粉ミルクをやったり、絞っておいた母乳を温めてやってもらったりと、臨機応変に対応はしていました。しかし、仕事の合間に会えない寂しさや、一緒に居てやれない後ろめたさもあり、一緒にいる時には、母乳を大切にしていました。

不思議なもので、そのようにやっていると体がその生活に慣れてくるということもあり、昼間はおっぱいが出ないけれども、息子に会うとおっぱいが出てくるようになるという感じでした。まあどうしても張る場合は、しぼっておいて、母乳パックに入れて明日用とかにストックしてました。産後8ヶ月頃から、父が入院したのをきっかけに主人の会社の付属保育園に預けるようになり、昼はミルク夜は母乳生活を続けていました。

おっぱいのやめ時に悩む

私の友達はフルタイムで仕事をしている子ばかりで、仕事に復帰した11ヶ月または1年のタイミングで母乳をやめたという子がほとんどでした。中には6ヶ月で次の子供ができて、やめたという友達もいました。私の母親も高齢出産だったので、私が子供を産んだ時は、すでに70歳を迎えていました。なので、子育てに関する情報も古かったのですが、母乳は1歳になるまでに止めるものという認識がありました。そろそろ1歳が見えてきた頃、おっぱいをいつ止めるか悩み始めました。私自身は、産後3ヶ月から仕事に戻っていましたので、昼は搾乳の母乳かミルク。夜は母乳という状況に早くから変わっていたので、現状どうすればいいのか、ここはプロの意見を聞こうと病院で聞いてみることにしました。

産んだ産婦人科も、息子のかかりつけの小児科も、母乳推進派で(恐らく)母乳をやめるタイミングを先生や看護師さんに相談しましたが、「そうだなあ、離乳食でしっかり栄養が取れるようになるまでは、あげてもいいんじゃないかな?」という先生の意見や、「うちの息子も2歳まであげていたよ。」「うちの下の子も2歳でも飲んでいたよ」「下の子を妊娠したいという気持ちがないのであれば、まだいいんじゃない?」という看護師さんもみんな母乳推進派の人が多く(今思えば)、そのまま1歳を超えても明確な意思のないまま、おっぱいをあげていました。

うちの息子は、小さな頃から、祖母(私の母)に預け仕事をしていたりしたもので、余計に迎えに行くともう、母への渇望感からか、おっぱい、おっぱい!と異常な執着が強かったと思います。それと同時に、こちらもおっぱいをやることで、再会のあふれ出る母性と愛情を解消していたのかもしれません。迎えに行き、帰るとおっぱい、おっぱいでした。そして、明確な意思のないままそんな生活を続けていたら、いつの間にか2歳を目前としており、さあそろそろ完全に止めるぞと意思を固くするのでした。

ところが、1歳過ぎから本格的に保育園に通うようになり、風邪をよく引くようになりました。男の子だからなのか、本当によく風邪を引き、そして高齢出産で弱った私も毎回もらい、毎週のように息子の病院と私の病院に通いました。息子も風邪で弱り、ぐったりして、おっぱいおっぱいと泣いてせがむので、ついついやってしまう私。今思えば、息子自身もおっぱいで栄養を摂ること自体はもう無くなっていて、どちらかといえば、寝る前や不安な時に安心を得られる最大の愛情としておっぱいを吸っていたのだと思うのですが、悲しそうに泣く息子からおっぱいを取り上げることができませんでした。そして極め付けは、RSウィルスからの熱性けいれん並びに入院でした。(その時の話は以下の通り)


その頃、息子は寝る時や精神を落ち着けたいときに、おっぱいを飲んでいました。1歳11ヶ月頃のある日、RSウィルスにかかり39度近い高熱を出しました。この日はことさら「おっぱい、おっぱい」というので、おっぱいを飲みながら寝るスタイルに・・・。本当は、虫歯になるからやめなさい!!と歯科医さんに怒られそうですが、しんどそうな息子の泣いた顔を見ると、ついつい甘くなってしまいます。両方のおっぱいを飲んで安心した息子は、左のおっぱいをくわえたまま眠りに着きました。「あ〜やれやれ、やっと眠ってくれた」と安心して息子の口からおっぱいを引き離そうと、ぬるっと乳首が出た瞬間、ガガガと白目を向いて、けいれんを起こしました。

私はこれが結構トラウマになってしまいました。あの時もう少しおっぱいをくわえさせて上げていたら、けいれんを起こさなかったのではないか?と思ってしまいました。そしてその後、結局肺炎になり入院することになるのですが、点滴と初めての入院で、不安になった息子は、さらにおっぱいが精神安定剤に。

そこからは、もう意思のはっきりとした息子から、おっぱいをやめさせるのがとても困難になりました。おっぱいを飲みたい息子。おっぱいを辞めさせたい母。しかし、どうしても泣き叫ばれると、ついついあの時の白目を向き、ガクガクと震える息子の顔が思い出され、やってしまう。2半歳を過ぎてからは、もう歯も生えているし、噛まれて乳首は痛いし、辞めさせたいし、毎日がおっぱい抗争の毎日でした。

ドロドロの卒乳攻防戦

色々昔からの知恵や、みんなから聞いたことを実践しました。鬼の顔を描いたり、おっぱいが1ヶ月後にさよならだよとカレンダーに書いたり。わさびや辛子を塗ったり、ありとあらゆる事を試しましたが、うちの息子には全然効きませんでした。わさびやからしはちょっとでは、全然効かないし、たくさん塗ると私の乳首の方が悲鳴をあげて痛かった。鬼については、面白がって余計に見せろという。アンパンマンについては、アンパンマンになんてならないよと卒乳作戦1月持たない始末。

結局どうやってやめたかというと、おっぱい攻防戦の末、おっぱいへの愛着からガジガジ噛まれた乳首から血が出て、そこからばい菌が入ったのか、仕事中にひどい乳腺炎になり、息子を産んだ産婦人科のおっぱい外来に駆け込み、先生にもうやめなさいと言われやめました。

おっぱいは腫れ上がり、触れると跳ね上がるほど痛くなり、乳首から緑色の膿が出て、1週間、毎日病院におっぱいの膿を絞ってもらいに行きました。手術まではいかなかったのですが、おっぱいからは毎日緑の海がドクドクと出て、絞ってもらっている時は、感じたことのない激痛に呻きながら、さながら拷問を受けているようでした。さすがにその姿を見て、旦那もおっぱいおっぱいと泣く息子を必死で押さえ、毎日説得してくれました。説得というよりは、泣き疲れて寝るという方が近いけど。

1週間、おっぱいの激痛と、おっぱいおっぱいと毎日泣き叫ぶ息子に苦しんだ末、「お母さん、おっぱい痛いんだよね」と息子が理解を示してくれるようになり、なんだかあっけらかんと卒乳となりました。精神的にも肉体的にも痛く、辛い1週間でした。できれば、スマートにあと1ヶ月でおっぱいにさよならしようねと、カレンダーに丸をつけながら、卒乳させてあげたかった。母子共に、泣き叫びやめたドロドロの卒乳でした。

もっと早くにもっとスマートに辞めるべきだった。あれはダメ、これもダメと意見を言いたい方もおられると思いますし、今思い返しても、色々やり直したい。でも完璧に子育てできることなんてないし、私の性格と息子の性格では、こうなってしまった。まあ、いろんな子育てがあると思いますので、反面教師踏まえて参考にしていただければと思います。

Mariko

1,941 views

アメリカの大学を中退し、22歳でコミュニティーカレッジを卒業。23 歳から総合広告代理店で11年勤務。デザイナーから営業に転身して、プロデューサー兼アートデ...

プロフィール

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。